東京地方裁判所 平成4年(行ウ)10号 判決 1994年2月24日
原告
オリエンタルチェン工業株式会社
右代表者代表取締役
西本博行
右訴訟代理人弁護士
八代徹也
被告
中央労働委員会
右代表者会長
萩澤清彦
右指定代理人
舟橋尚道
同
福田平
同
田村智行
同
鵜沢一雄
同
斎藤武馬
被告補助参加人
全国金属機械労働組合石川地方本部
右代表者執行委員長
平田義宏
被告補助参加人
全国金属機械労働組合石川地方本部オリエンタルチェン工業支部
右代表者執行委員長
坂井俊夫
右両名訴訟代理人弁護士
小池貞夫
主文
一 被告が、中労委平成元年(不再)第四三号事件について平成三年一二月一八日付けでした命令のうち、主文2項中、石川県地方労働委員会が石労委昭和六二年(不)第六号事件について平成元年三月一四日付けでした命令の主文2項に対する原告の再審査申立てを棄却した部分を取り消す。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、補助参加人らに生じたものを含め、これを二分し、その一を原告の、その余を被告及び補助参加人らの各負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が中労委平成元年(不再)第四三号事件について平成三年一二月一八日付けでした命令を取り消す。
第二事案の概要
石川県地方労働委員会は、被告補助参加人らが原告を被申立人として申し立てた石労委昭和六二年(不)第六号事件につき、別紙(一)(略)の命令(以下「初審命令」という。)を発した。これに対する原告からの再審査申立て(「請求」欄表示の事件)を受けた被告は初審命令を一部変更する別紙(二)(略)の命令(以下「本件命令」という。)を発した。本件は、原告がその取消しを求めた事案である。
一 前提となる事実
次の事実は、当事者間に争いがないか、又は、末尾記載の証拠によって認められる。
1 当事者等
(一) 原告は、伝導用ローラーチェン、コンベアチェン等の製造販売を業とする株式会社であり、肩書地(以下「現所在地」という。)に本社工場をおき、従業員数は、本件初審審問終結時において約二五〇名(パートタイマー約七〇名を含む。)であった。
(二) 原告は、石川県金沢市(町名等略)(以下「旧所在地」という。)に本社工場を、現所在地に松任工場を有していたが、昭和五五年一一月に旧所在地の本社工場を現所在地に移転し(以下「会社移転」という。)、昭和六一年一月には本社工場内にあったオリエンタルチェン機械工業株式会社を吸収合併した。
(三) 被告補助参加人全国金属機械労働組合石川地方本部(以下「補助参加人地本」という。)は、全国金属機械労働組合の下部組織として石川県地方の組合員約四〇〇〇名をもって組織され、傘下に主として企業別の単位労働組合である支部三二を有する労働組合法上の連合団体に該当する労働組合である。なお、補助参加人地本は、本件再審査申立時、日本労働組合総評議会全国金属労働組合石川地方本部と称し、日本労働組合総評議会全国金属労働組合(以下「全国金属」という。)の下部組織であったが、全国金属機械労働組合の結成に伴い現名称に変更した。(<証拠略>、弁論の全趣旨)
(四) 被告補助参加人全国金属機械労働組合石川地方本部オリエンタルチェン工業支部(以下「補助参加人支部」という。)は、原告の従業員をもって組織されている労働組合法上の単位労働組合であり、補助参加人地本に加盟している。なお、補助参加人支部は、本件再審査申立時、日本労働組合総評議会全国金属労働組合石川地方本部オリエンタルチェン工業支部と称していたが、全国金属機械労働組合の結成に伴い現名称に変更した。(弁論の全趣旨)
(五) 補助参加人支部の組合員数は、昭和四九年八月に組合が事実上分裂する前は約二二五名、昭和五五年一一月の会社移転時において一九名、再審査審終結時において四名である。(<証拠略>)
2 他の労働組合の存在
(一) 原告には、補助参加人支部のほか従業員約一一〇名で組織するオリエンタルチェン工業労働組合(以下「オリエンタル労組」という。)と、従業員約二〇名で組織する全国金属産業労働組合同盟石川地方金属オリエンタルチェン工業労働組合(以下「同盟労組」という。)が存在する。(組合員数については<証拠略>)
(二) オリエンタル労組は、昭和四九年八月に補助参加人支部から分裂して結成された組合であり、また、同盟労組は、オリエンタルチェン機械工業株式会社の企業内組合であったが、昭和六一年一月の吸収合併により原告の企業内組合となったものである。
3 各労働組合に対する組合事務所の貸与
(一) 補助参加人支部は、昭和四二年五月頃、原告から旧所在地の敷地の一部を借り受け、木造二階建て、床面積五一・九八平方メートルの組合事務所(以下「支部組合事務所」という。)を建設し、昭和五五年一一月の会社移転後もこれを組合事務所としてきた。
(二) オリエンタル労組は、昭和四九年八月の組合結成後間もなく、原告から旧所在地の会社試験研究室二階(五五・六八平方メートル)を組合事務所として貸与され、会社移転後の昭和五六年三月頃、現所在地の工場構内(以下「会社構内」という。)の男子ロッカー室棟の一室二五平方メートルを同盟労組との共用の組合事務所として貸与され、現在に至っている。
4 会社移転に伴う組合事務所移転交渉の経緯等
(一) 原告と補助参加人支部との間には、補助参加人支部からオリエンタル労組が分裂した昭和四九年以降、労使紛争が生じるようになり、補助参加人支部及び同地本は、昭和四九年から同五二年にかけて、石川県地方労働委員会に対し、団体交渉応諾、不利益取扱いの是正等を救済内容とする合計七件の不当労働行為救済の申立てをした。そのうち、石労委昭和五一年(不)第二号事件は、右労働委員会の関与により昭和五三年五月一七日に和解が成立し、その余の救済申立事件については、昭和五一年から同五三年にかけて、いずれも一部救済命令が発せられた。原告は、石労委昭和四九年(不)第五号事件につき昭和五二年一月二六日に発せられた一部救済命令について、同年二月二二日、金沢地方裁判所に対し、その取消しを求めて訴えを提起したが、その余の一部救済命令については、いずれもこれを履行した。なお、右救済命令取消請求事件については、昭和五四年一〇月二六日に原告の請求を棄却する旨の第一審判決があり、原告は、名古屋高等裁判所金沢支部に控訴した。(<証拠略>、弁論の全趣旨)
(二) 原告は、旧所在地の本社工場が狭溢化してきたこと、付近住民から公害の苦情が寄せられていること、工場が金沢市と松任市とに分離しているために生産性が落ちることなどの理由から、旧所在地から現所在地への会社移転を決定し、補助参加人支部に対し、昭和五五年五月一三日の団体交渉において、移転計画を説明し、支部組合事務所移転の検討を申し入れた。その際、原告は、補助参加人支部に対し、現所在地の工場の一室を組合事務所として無償で貸与するか、あるいは旧所在地の支部組合事務所を原告の費用で現所在地に移設するかのいずれかの条件でどうかとの趣旨の申入れを口頭で行った。(<証拠略>)
(三) 原告からの右申入れに対し、補助参加人支部は、原告に対し、昭和五五年六月二日の団体交渉において、過去の労使関係を精算し、新しい労使関係を確立するという趣旨から(趣旨について<証拠略>)、<1>石労委昭和四九年(不)第五号事件につき名古屋高等裁判所金沢支部に係属中の不当労働行為救済命令取消請求控訴事件を取り下げること、<2>石労委昭和五一年(不)第二号事件に関する和解事項を遵守すること、<3>会社が支部を分裂させ、支部の団結権を破壊し、組合員とその家族に対して精神的、肉体的に与えた苦痛に対する解決金(以下「本件解決金」という。)として一億円を支払うことを、支部組合事務所移転の条件として提示した。
(四) 原告は、補助参加人支部に対し、支部組合事務所の移転と三つの条件とは全く関連性がないとしながらも、右条件のうち<1>及び<2>については検討するが、<3>については算定根拠のない不当な金銭要求であるから一切応じられない旨回答した。なお、その後、<1>の不当労働行為救済命令取消請求控訴事件について、昭和五六年二月一六日控訴棄却の判決があり、これが確定し、原告は、その救済命令を履行し、<2>の和解事項についてもこれを履行した。
(五) 原告は、補助参加人支部に対し、昭和五五年九月二九日付け文書で、同年一〇月に旧所在地の土地を売却することになったので、支部組合事務所の早急の移転方に配慮を願う旨の申入れを行った。原告は、同年一一月二七日、旧所在地の土地を支部組合事務所の敷地部分を含めて、日本分譲住宅北陸協同組合に売却し、同月末までに会社移転を完了した。その後も、原告と補助参加人支部は、支部組合事務所移転について団体交渉を重ねたが、補助参加人支部が本件解決金の支払を支部組合事務所移転の条件として固執したため、団体交渉は、同年一二月二五日の九回目で決裂した。
補助参加人支部は、昭和五六年一月以降、支部組合事務所の外壁に「私たちにとって、この事務所は、会社の悪虐非道に対する怨念のかたまりの砦であり、この砦を護る使命があります。」と記載された横三メートル半、縦一メートル半位の看板を掲げ、初審審問終結時にも掲げていた。
(六) 原告は、現所在地への会社移転にあたって、オリエンタル労組に対しても、昭和五五年五月の団体交渉において、現所在地の松任工場の一室を組合事務所として無償で貸与するとの申入れをし、オリエンタル労組がこれに同意したことから、昭和五六年三月頃、オリエンタル労組に対し、会社本社工場構内(以下「会社構内」という。)の男子ロッカー室棟の一室二五平方メートルを同盟労組との共用の組合事務所として貸与し、現在に至っている。
(七) 原告は、昭和五六年一二月一五日、前記日本分譲住宅北陸協同組合から支部組合事務所の敷地部分を買い戻した。
右協同組合は、旧所在地を取得後、支部組合事務所の周囲に塀を設置したが、原告は、右土地の買戻し後、裁判所の妨害排除の仮処分決定を受けて右塀を撤去した。なお、補助参加人らは、石川県地方労働委員会に対し、支部組合事務所敷地の売却取消と支部組合事務所を包囲した塀の撤去を求めて、不当労働行為救済申立てをしたが、右労働委員会は、土地売却行為自体を支配介入と認定することは困難であり、また、原告による土地買戻し後塀が撤去されるまでの間は組合事務所の利用を阻害する支配介入があったと認定し得るが、塀の撤去により救済利益を欠き、かつ、同種の支配介入が再び繰り返されるおそれは通常ないとして、補助参加人らの請求を棄却した。(<証拠略>、弁論の全趣旨)
5 掲示板の貸与
(一) 掲示板に関する労働協約等の規定
掲示板について、原告と補助参加人支部との間で昭和四二年七月二一日付けで締結された労働協約一五条二項は、「所定の掲示板を組合自体の報道並びに告示のための利用に供する。但し、掲示板の使用は組合代表者を責任者とし、責任者以外の者は責任者の許可なく使用しない。」と規定し(以下「本件協約」という。)、また、昭和四五年一二月一〇日付けで締結された原告と補助参加人支部との確認書一項のロは、「組合の掲示板の増設は会社は認める。但し、その場所については会社と話し合いできめるものとする。」と規定している(以下「本件確認条項」という。)。
(二) 各労働組合に対する掲示板の貸与
(1) 会社移転前、補助参加人支部は、原告から、本件協約に基づき食堂入口付近に縦一メートル、横一・八五メートルの大きさの掲示板の利用の供与を受け、更に、本件確認条項に基づく組合の掲示板が右掲示板に並べて設置されていた。(<証拠略>)
一方、オリエンタル労組は、昭和四九年八月の組合結成後間もなく、原告から、会社事務室入口付近に補助参加人支部の掲示板とほぼ同じ大きさの掲示板の利用の供与を受けた。(<証拠略>)
(2) 会社移転後、原告は、補助参加人支部、オリエンタル労組及び同盟労組に対し、組合専用の掲示板を貸与したことはなく、会社構内のタイムレコーダーの上と食堂の二箇所に設置した縦〇・八〇メートル、横一メートル半位の大きさの会社掲示板の利用を認めていた。オリエンタル労組及び同盟労組は、原告に組合掲示板の貸与を要求することなく、原告に「会社施設借用願」を提出する方法で右会社掲示板を利用して連絡事項等を掲示しているが、補助参加人支部は、原告に対し、本件救済命令申立時まで右会社掲示板の利用を申し入れたことがなかった。
6 会社構内における組合事務所及び組合掲示板の設置要求の経緯
(一) 補助参加人支部は、原告に対し、昭和五六年三月一三日及び同五七年三月一五日付け各春季要求の中で、組合掲示板の設置を要求し、補助参加人地本及び全国金属との連名による昭和五六年一〇月五日付け及び同五八年一〇月五日付け各秋季要求の中で、全国金属が取り組んでいる「労働者と労働組合の権利に関する協定書」という協定方式の中の一項目として、組合掲示板の設置(工場入口及び各職場)及び会社構内における組合事務所の設置を要求した。
(二) 補助参加人支部は、原告に対し、支部要求として、昭和五九年三月二二日付けの春季要求及び補助参加人地本及び全国金属との連名による同年一〇月一一日付けの春季要求の中で、組合掲示板の設置(食堂又はタイムレコーダー横)及び会社構内における組合事務所の建設を、補助参加人地本及び全国金属との連名による昭和六〇年一〇月一一日及び同六一年一〇月六日付け秋季要求の中で、会社構内における組合事務所の建設又は会社建物の一部の無償貸与及び組合掲示板(食堂)の設置をそれぞれ要求した。右各要求については、補助参加人支部と原告との間で毎年団体交渉が行われていた。
(三) 原告は、会社構内における組合事務所の設置要求については、補助参加人支部が組合事務所移転に本件解決金の支払を絡めていたために、現在の旧所在地上の支部組合事務所を利用して欲しいとして、右要求を拒否し、また、組合専用の掲示板の設置要求については、オリエンタル労組及び同盟労組にも貸与していないこと及び、行事の案内、組合大会の案内程度のものについては会社所定の掲示板の利用を補助参加人支部に対しても認めていることを理由として、右要求を拒否した(<証拠略>)。
7 本件組合事務所貸与及び掲示板設置要求と拒否の経緯
(一) 補助参加人支部は、会社構内における組合事務所の設置要求が進展をみないことから、これまでの方針を変更し、昭和六二年六月二日の団体交渉において、原告に対し、支部組合事務所の移転については本件解決金の支払を絡めないで解決をしたいとの申入れを口頭でしたところ、原告は、右申入れを文書として提出するように申し入れた。その際、補助参加人支部執行委員長は、本件解決金問題については白紙に戻すということではなく、別途要求するとの態度を示した。(<証拠略>)
(二) 補助参加人支部及び同地本は、原告からの右申入れに応じて、原告に対し、「1 立退きにあたって、とり壊し解体及び備品、什器、書籍、書類等その他のものの運搬並びに立退きに係わる一切の費用については全額会社負担とすること、2 立退きに先立って、会社は、会社内に当労働組合支部の組合事務所を設置し、無償で貸与すること、3 会社は支部組合の掲示板をタイムレコーダーの上部か食堂に設置すること、なお、右要求事項については団体交渉で協議し解決を図るものとする。」と記載した昭和六二年七月三日付け「組合事務所立退きに関する要求書」と題する文書を提出した。
(三) 右(二)の要求事項について、補助参加人支部及び同地本は、昭和六二年七月二一日及び同年八月一三日、原告に対し、団体交渉を申し入れたが、原告は、常勤役員が一か所にまとまっておらず、役員会を月一回しか開催できないとの会社側の都合により、補助参加人支部及び同地本らが申し入れた期日の団体交渉には応ぜず、同月二六日になって団体交渉に応じた。右団体交渉申入れに対する原告の右の対応について、補助参加人支部は、原告に対し、同年七月三一日及び同年八月一〇日付けで抗議文を提出した。
(四) 原告は、昭和六二年八月二六日の団体交渉において、会社構内における組合事務所貸与の要求については、補助参加人支部が本件解決金の支払を別途要求する態度を示していること、組合掲示板の設置要求については、オリエンタル労組及び同盟労組にも貸与していないこと及び会社所定の掲示板の利用を支部にも認めていることを理由にして、補助参加人支部に対し、<1>旧所在地の支部組合事務所があるからそれを使用して欲しい、<2>掲示板は、必要に応じて会社の掲示板を会社の了解を得て使用してもよい、<3>会議など必要なときは、会社に使用届けを出し、許可を得て会社施設を使用してもよいとの趣旨の回答を行い(<2>について<証拠略>)、会社構内における組合事務所の貸与及び組合掲示板の設置をいずれも拒否し、団体交渉は決裂した。
8 補助参加人らは、原告を被申立人として、昭和六二年一〇月三日、会社構内における組合事務所の貸与と組合掲示板の設置を求めて、石川県地方労働委員会に対して救済の申立て(石労委昭和六二年(不)第六号事件)をし、同地方労働委員会は、平成元年三月一四日付けで別紙(一)の初審命令を発した。原告は、平成元年四月二〇日、初審命令を不服として被告に再審査の申立て(中労委平成元年(不再)第四三号)をしたが、被告は、平成三年一二月一八日付けで別紙(二)の本件命令を発し、本件命令書の写しは、同年一二月二六日、原告に交付された。
二 争点
1 原告が、他の二組合に対して会社構内に組合事務所を貸与しておきながら、補助参加人らの会社構内における組合事務所貸与要求を昭和六二年八月二六日以降拒否していることが、労動組合法七条三号の不当労働行為に当たるか否か。
2 原告が、会社移転後、補助参加人らの組合掲示板設置要求を拒否していることが、原告と補助参加人支部間の本件協約に違反し、労働組合法七条三号の不当労働行為に当たるか否か。
三 当事者の主張
1 被告
被告の認定事実及び判断は、別紙(二)の本件命令書記載のとおりであり、本件命令に誤りはない。
2 原告
(一) 組合事務所について
(1) 組合事務所供与が便宜供与である以上、併存組合に対して使用者に要求されるのは中立保持義務であるところ、原告は、会社移転に伴う組合事務所の移転について、それぞれの組合に同一の提案をしているから、使用者としての中立保持義務を尽くしたというべきである。したがって、原告が各組合の選択に従って各組合に組合事務所を供与することによって、組合事務所移転、同供与の問題は終結し、その後も、補助参加人支部が選択した旧所在地上の支部組合事務所(敷地部分)を供与している以上、不平等取扱を理由とする不当労働行為成立の余地はない。むしろ、各組合の判断、選択に基づく結果に介入することこそが不当労働行為である。
(2) 支部組合事務所は、日常の組合活動の拠点としての機能を喪失していない。仮に、喪失していたとしても、本件命令がその事情として挙げる、<1>現所在地から車で三〇分要する距離にあること、<2>組合員の退職により組合事務所周辺に居住する組合員が減少し、定期大会を行う程度の利用状況になっていたこと、<3>組合事務所そのものが、建築以来二〇年余を経過し、老朽化が進行していたことは、いずれも、補助参加人支部が組合事務所移転の提案に応じて移転するか否かの判断、選択の要素として当初から十分考慮していたものであり、しかも、<3>については、補助参加人支部の管理上の責任に属するものであるから、補助参加人支部が組合事務所移転問題について従前の方針を変更する合理的理由とはなり得ない。
また、補助参加人支部は、本件救済申立てまで、支部組合事務所が日常活動の拠点としての機能を喪失していたことを一度も主張したことがなく、原告としても右事情を知り得なかったのであり、使用者が組合から主張すらされなかった事情を考慮することは、かえって、労働組合の運営への支配介入に当たる。
(3) 補助参加人支部は、本件解決金支払の要求を取り下げたわけではなく、別途要求するとしているので、従前の条件としている場合と変更がないから、原告が旧所在地の支部組合事務所を今後も使用して欲しい旨回答したことは、不当労働行為になり得ない。
(二) 掲示板について
(1) 本件協約には、「組合専用」掲示板とも「掲示板を貸与する」とも明記されていないのであって、会社施設である所定の掲示板を組合の利用に供することが合意されているにすぎない。また、本件確認条項は、供与された掲示板では不足する場合の確認にすぎず、現状では増設の必要性はまったく存在しないから、本件協約の解釈を変更するものではないし、本件協約の解釈に影響を与えるものでもない。実際にも、会社移転前、原告は、補助参加人支部に対し、会社施設である掲示板を届出によりその利用に供していたにすぎず、組合専用の掲示板を貸与していたものではない。
(2) 原告は、会社移転後においても、会社施設である掲示板を組合自体の報道及び告示のための利用に供しており、補助参加人支部から掲示申入れがあったものについても、すべてそのまま掲示させているから、本件協約上の義務を忠実に履行している。
(3) したがって、本件協約上、組合専用掲示板の便宜供与義務がなく、しかも、原告は、会社移転の前後を問わず本件協約上の義務を忠実に履行しているから、原告が補助参加人支部の組合掲示板の貸与要求を拒否することは、およそ不当労働行為とはなり得ない。
3 被告補助参加人ら
(一) 組合事務所について
(1) 不当労働行為の正否の判断は一連の経過の中の一点に固定してなされるべきでなく、少なくとも本件解決金の支払を支部組合事務所移転に絡めないことを表明した昭和六二年六月二日以降は、原告が他組合に貸与している会社構内の組合事務所の貸与を補助参加人支部に対してのみ拒否する合理的理由は存在しない。
(2) 補助参加人支部にとって、支部組合事務所は日常の組合活動の拠点としての機能を失いつつあり、会社構内に事務所を設ける要求が切迫していた。そして、不当労働行為の判断にあたって重要な事実は、補助参加人支部が支部組合事務所が日常の組合活動の拠点としての機能を失いつつあったことを原告に申し入れたか否かではなく、客観的な事実として、右機能を失いつつあり、組合事務所設置の要求が切実なものというべき状況があったか否かである。
(3) 補助参加人支部が原告の不当労働行為責任については別途追求するとしていることは、その主張の当否は別として、そのような責任追求の方途を講じる自由はいかなる労働組合にも許されているから、補助参加人支部に対する組合事務所の貸与拒否の合理的理由とはなり得ない。
(二) 掲示板について
(1) 本件協約中の但書部分及び本件確認条項の文言は、補助参加人支部が主体となって当該掲示板を管理・使用することを想定したものであること、会社移転前には、原告は補助参加人支部に専用掲示板を貸与していたことからみて、本件協約は、組合専用掲示板を貸与する旨の合意を明文化したものである。
(2) 原告は、組合専用掲示板の貸与を認めた労働協約の存在にもかかわらず、これを貸与しないのであるから、これが不当労働行為に当たることは明らかであり、補助参加人支部からの掲示申入れに応じて原告が会社掲示板の利用を認めたからといって、本件協約上の掲示板供与義務を履行したことにはならない。
第三争点に対する判断
一 争点1(組合事務所貸与拒否)について
1 労働組合による企業の物的施設の利用は、本来、使用者との団体交渉等による合意に基づいて行われるべきものであり、使用者は、労働組合に対し、当然に企業施設の一部を組合事務所・掲示板として貸与すべき義務を負うものではなく、貸与するかどうかは原則として使用者の自由に任されているというべきである。しかし、同一企業内に複数の労働組合が併存している場合には、使用者としては、すべての場面で各組合に対し中立的な態度を保持し、その団結権を平等に承認、尊重すべきであり、各組合の性格、傾向や従来の運動路線等でのいかんによって、一方の組合をより好ましいものとしてその組織の強化を助けたり、他方の組合の弱体化を図るような行為をすることは許されないのであって、使用者が右のような意図に基づいて両組合を差別し、一方の組合に不利益な取扱いをすることは、同組合に対する支配介入となるというべきである。この使用者の中立保持義務は、組合事務所の貸与という便宜供与の面においても、組合事務所が組合にとってその活動上重要な意味をもつことからすると、使用者が一方の組合に組合事務所を貸与しておきながら、他方の組合に対して貸与を拒否することは、そのように両組合に対する取扱いを異にする合理的理由が存在しない限り、他方の組合の活動を低下させその弱体化を図ろうとする意図を推認させるものとして、労働組合法七条三号の不当労働行為に該当すると解するのが相当であり、右合理的理由の存否については、単に使用者が表明した貸与拒否の理由について表面的、抽象的に検討するだけでなく、一方に貸与されるに至った経緯及び貸与についての条件設定の有無・内容、他方の組合に対する貸与をめぐる団体交渉の経緯及び内容、企業施設の状況、貸与拒否が組合に及ぼす影響等諸般の事情を総合勘案してこれを判断しなければならない(最高裁昭和六〇年四月二三日第三小法廷判決・民集三九巻三号七三〇頁、同昭和六二年五月八日第二小法廷判決・裁判集民事一五一号一頁参照)。
2 そこで、原告の組合事務所貸与拒否の理由、経緯について検討する。
(一) 他組合に対して会社構内に組合事務所が貸与された経緯及び補助参加人支部に対して貸与拒否に至る交渉の経緯についてみると、前記「前提となる事実」4及び6の事実によれば、原告は、会社移転にあたって、補助参加人支部及びオリエンタル労組両組合に組合事務所移転を提案し、オリエンタル労組との間では合意が成立し、会社構内に組合事務所を貸与したが、補助参加人支部との間では補助参加人支部が本件解決金の支払を組合事務所移転の条件として固執したため、組合事務所移転問題についての団体交渉が決裂し、補助参加人らは、その翌年から毎年のように秋季及び春季要求において会社構内における組合事務所の設置を要求し続け、他方、原告も補助参加人支部が本件解決金の支払を絡めていることなどを理由に右要求を拒否し続けてきたものであるということができる。そして、証拠(<証拠略>)によれば、補助参加人支部は、会社移転完了により支部組合事務所が現所在地から車で片道約三〇分を要する距離に存するようになったため、支部組合事務所を掃除等を兼ねた定期大会やメーデーの準備に利用する程度となり、会社構内に組合事務所がないために会議及び教宣活動等の日常の組合活動に大きな支障をきたし、そこで、組合事務所問題の解決に向けて従前の方針を変更し、本件解決金問題を絡めないで解決したい旨を申し入れ、支部組合事務所の立退きを前提として会社構内における組合事務所貸与を要求したが、原告は、補助参加人支部が本件解決金の支払を別途要求していること及び支部組合事務所が現に設置されていることを理由に右貸与要求を拒否したことが認められる。
右の経緯に照らせば、組合事務所移転及び同供与の問題は会社移転の時点で終結したとか、決着したとかみる余地はなく、その後の交渉の経緯の中で、補助参加人らが会社構内における組合事務所設置の要求に本件解決金問題を絡めている限りでは、原告が右要求を拒否する正当な理由があったということができるが、補助参加人支部が従前の方針を変更し、本件解決金問題を絡めないで会社構内における組合事務所の貸与を要求するに至ったにもかかわらず、原告が組合事務所移転問題は決着ずみであるとの理由から右要求を拒否することは、各組合の事務所の移転の有無が同時期に確定しなければもはや交渉の余地のない問題であるとすべき事情を認めるに足る証拠のない本件事実関係のもとにおいては、合理的理由がないものというべきである。したがって、原告の前記主張は理由がない。
(二) 原告は、補助参加人支部がなお本件解決金の支払を別途要求する態度を示していることに貸与拒否の合理的理由があると主張する。
しかしながら、右の拒否理由は、いうなれば本件解決金支払要求を放棄することを会社構内における組合事務所貸与の条件とするものであるところ、本件解決金問題は、組合事務所問題と何ら関連性がなく、この問題と同時解決を図らなければならない程の緊急性があるともいえないうえ、原告と補助参加人支部間の労使関係の経緯からみて、補助参加人支部が原告の不当労働行為に対する損害賠償金を別途要求するとしていることは、それが正当であるかどうかは別として、とりたてて非難されるべき態度であるともいえないから、補助参加人支部が本件解決金の支払を別途要求する態度を示していることは、組合事務所の貸与について補助参加人支部と他組合とで異なる扱いをする合理的理由にはならないものというべきである。
(三) また、原告は、支部組合事務所が日常の組合活動の拠点としての機能を喪失していないと主張するが、支部組合事務所が会社構内における組合事務所と実質上異ならない機能を果たしていることを認めるに足りる証拠はない。かえって、前記認定のとおり、昭和五五年一一月の会社移転以降、支部組合事務所は、現所在地から車で三〇分を要する場所に所在していたために、メーデー、定期大会に組合事務所を利用する程度となり、補助参加人支部は、会議や教宣活動等の日常の組合活動に著しい支障をきたしていたのであるから、補助参加人支部と他組合との間で組合活動の条件に著しい差異が生じ、補助参加人支部の会社構内における組合事務所の必要性が切実なものになっていたことは明らかであり、しかも、補助参加人支部が支部組合事務所の立退きを前提として会社構内における組合事務所の貸与を要求している以上、旧所在地に組合事務所が存在することは、組合事務所の貸与について補助参加人支部と他組合とで異なる扱いをする合理的理由にはならない。
3 したがって、原告には補助参加人支部に対して組合事務所の貸与を拒否する合理的理由がなく、他方、補助参加人支部は、会社構内に組合事務所がないために、その日常の組合活動に著しい支障をきたしていたのであるから、原告が、補助参加人支部に対して、組合事務所の貸与を拒否することは、補助参加人支部の組合活動に支障をもたらし、その弱体化を図ろうとする意図を推認させるものとして、労働組合法七条三号の不当労働行為に当たるというべきである。
二 争点2(組合掲示板貸与拒否)について
1 労働組合による企業の物的施設の利用は、本来、使用者との団体交渉等による合意に基づいて行われるべきものであり、使用者は、労働組合に対し、当然に企業施設の一部を掲示板として貸与すべき義務を負うものではなく、貸与するかどうかは原則として使用者の自由に任されているというべきことは、前記一1に説示のとおりである。そして、使用者と組合との間に、使用者が組合に対して掲示板をその利用に供する旨の労働協約が締結されていても、それが当然には専用掲示板を貸与する趣旨のものであるとはいえない場合、企業施設の移転により掲示板利用供与に関する状況の変更があったにもかかわらず、新たにその利用供与の条件、方法等について労使間で具体的な合意がされていないときは、右の具体的利用供与は、従前の供与の経緯・態様に照らして組合の情宣活動を著しく損うものと認められない限り、使用者の裁量に委ねられているものというべきである。
2 そこで、本件協約の趣旨について検討する。
(一) 前記「前提となる事実」5(二)の事実によれば、会社移転前において、本件協約に基づいて貸与された掲示板及び本件確認条項に基づいて設置された掲示板は、いずれも補助参加人支部が専用して、原告及び他組合がこれを掲示板として利用したことがなかったけれども、それは、補助参加人支部がオリエンタル労組結成前は事実上唯一の組合として掲示板を単独で利用し、その後は原告がオリエンタル労組にも別の掲示板を補助参加人支部と同様に利用供与してきたことから、補助参加人支部において食堂入口の掲示板が専用されてきたものということができる。
(二) 本件協約の文言は、所定の掲示板を組合の利用に供するというものであって、会社施設としての掲示板を組合の利用に供することを義務付けたものであるとみることができるにすぎず、組合専用の掲示板を供与するとも、掲示板を貸与するとも記載されていないのであるから、同文言中の但書部分において補助参加人支部が責任主体となって掲示板を使用することを規定しているからといって、所定の掲示板が組合専用のものであることを明示したものとは必ずしも断定しがたい。また、本件確認条項は、従前の労働協約に基づいて貸与された掲示板に加えて、あらたに組合の掲示板を増設する趣旨のものであるが、これによって本件協約が組合専用の掲示板を貸与することについて規定したものであるとすべき根拠はない。本件協約及び本件確認条項は、原告に組合として補助参加人支部が単一存在していたときに締結されたものであるため、補助参加人支部に施設利用の便宜供与がされた場合、それが事実上補助参加人支部の専用状態であったものということができるが、これをもって、本件協約及び本件確認条項が組合専用の掲示板を貸与することについて規定したものであるということはできない。
(三) 以上によれば、本件協約及び本件確認条項は、原告が補助参加人支部の利用する掲示板を供与することを合意したものであるということができるにすぎず、文言上も従前の利用の経緯からみても、被告及び補助参加人らの主張にかかる組合専用の掲示板を貸与することについて規定したものであるということはできない。
3 次に、原告が、会社移転後において、補助参加人らの組合専用の掲示板設置要求を拒否してきたことにつき検討するに、証拠(<証拠・人証略>)によれば、次の事実が認められる。
(一) 原告の取締役管理部長西村武(以下「西村」という。)は、昭和六一年一二月二五日の団体交渉において、補助参加人支部に対し、会社掲示板の利用については、会社の事前の許可が必要である旨説明し、本件初審の審問日においても、会社の事前の許可が必要であり、許可基準として明文化されたものはないが、原告としては、事前に掲示物を閲覧したうえで、他の組合を中傷・誹謗するようなもの、会社を誹謗するようなもの、従業員をびん乱するようなものは許可できないと考えている旨証言した。
(二) ところが、西村は、再審査審の審問日において、会社の掲示板を組合が利用するについては、許可制ではなく届出制であり、補助参加人支部からの届出さえあれば掲示物の内容如何にかかわらず利用は拒否しない旨の証言を行った。そこで、補助参加人らは、専用の掲示板設置が認められるまでの間、右西村証言に基づいて届出によって種々の宣伝物を掲示することとし、西村証言を確認するため、平成元年一〇月二七、二八日、原告に文書での回答を求めた。これに対し、原告は、同年一一月二日、会社の掲示板の使用に関しては、本件協約のとおりとする旨の文書回答を行った。
(三) そこで、補助参加人支部は、平成元年一一月一七日、同日以降会社の掲示板を使用して宣伝物を掲示するものとし、原告に対し、「会社施設借用願」を届け出て、年末一時金に関する宣伝物を掲示するなど、再審査審終結時までに合計四回の掲示申入れを行ない、原告は、右申入れのあったものについてすべて会社掲示板に掲示させた。
右事実及び前記「前提となる事実」5ないし7の事実に照らすと、補助参加人支部が専用掲示板の利用供与を受けられなかったのは、会社移転によって掲示板の利用方法について原告と補助参加人支部との間で具体的に合意をする必要が生じたにもかかわらず、その後本件救済命令申立てに至るまで、掲示板の利用供与について補助参加人支部との間で利用方法に関する合意ができていなかったためにすぎないものというべきであり、また、会社掲示板の利用関係が許可制であるのか、届出制であるのかについて原告の対応が変転しているものの、補助参加人支部の組合専用掲示板の設置要求に対する原告の対応により補助参加人支部の組合活動の一環としての情宣活動が従前に比して著しく損われていることを認めるに足りる証拠はないから、掲示板の具体的利用供与は、使用者たる原告の裁量に委ねられているものというべきであり、原告が組合専用掲示板の設置を拒否したことをもって労働組合法七条三号の不当労働行為に当たるということはできない。
三 以上によれば、本件命令中、原告の組合事務所貸与拒否が労働組合法七条三号の不当労働行為に当たると判断したことに基づく部分は適法であるから、その部分に関する原告の請求を棄却し、また、原告の掲示板貸与拒否が同号の不当労働行為に当たると判断したことに基づく部分は違法であるから、その部分を取り消すこととする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 遠藤賢治 裁判官 坂本宗一 裁判官 塩田直也)